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2013/09/15

福島旅行を振り返り

今回の旅はかーちゃんと二人旅でした。弟が去年の10月から1年間南相馬市に出向で、行っているうちに一度行きたいとずーっと言っていたかーちゃんを連れて、私のパジェロミニで行ってきました。よく走ったわぁ。帰りはもうすぐ帰ってくる弟のもう使わない荷物をごっそり積んで帰ってきました。

決めていたのはハワイアンズと南相馬だけで、南相馬もかーちゃんが弟のアパートに泊まると言い張って、直前までホテルを取っていなかったんだけど、私のダメージが大きく(そりゃあんだけ運転すれば疲れるわ!)かーちゃんも前日エアコン音で寝られなかったとかで急遽駅前のホテルをシングル2室取ってもらってぐっすり寝ました。
アクアマリンふくしまと会津の鶴ヶ城は、近くだし、帰りの途中だし、ということで間際に決めていきました。と行ってもナビ設定して言われるままに行っただけだけど。でもどちらも行ってよかった。
アクアマリンでは展示物はもちろん、バックヤードツアーも参加して、水族館の裏側も行ってきましたよ。エサ作っているところとか獣医さんのお部屋とか、春に保護されていた子供のアザラシが搬入口近くで水浴びしていましたよ。これ無料で30分くらいボランティアおじさんたちが案内してくれるんだけど、ある程度人数が集まると次々と出発していて、連休ということもあって軽く渋滞するくらいたくさんの人が参加してとても人気がありました。
渋滞と言えば、二本松から会津に向かう途中事故渋滞で、安達太良SA4kmの看板が見えてから30分くらいハマってしまって、トイレに行きたいわお腹は空いてくるわでイライラしたけど、なんとか間に合い(!?)安達太良SAでお昼ご飯食べているうちに渋滞は解消していました。この渋滞がなかったら会津のドラマ館も見たかったんだけど、暗くなる前に新潟までは着いておきたかったのでパスしました。そしたら想定どおり黒崎SAでソフト食べているうちに暗くなっていきました。

今回はよく歩きましたよ。ハワイアンズはとても広くて、ホテルの部屋からハワイアンズまで距離があるので、お風呂・夕飯・ショー・お買物・朝食とそのたびによく歩きました。アクアマリンでも水族館の順路をたくさん歩き、南相馬でも弟の駅裏のアパートに車止めて駅前のホテルに泊まったんだけど、車の中に携帯の充電器を忘れて取りに行ったんで歩いたし。(でも駅を超えるときは階段昇る元気なくてエレベーター使ったわ)会津鶴ヶ城もエレベーターなく上りも下りも階段でよく歩きました。だけどね、帰ってきて体重測ったら2kg増えてた。がっくり。まぁ一時的なことですぐ戻りましたけど。筋肉増えたと思いたかったよ。(泣)

とまぁ、楽しい写真はいっぱい載せましたが、日曜日の午前中、野馬追祭場に連れて行ってもらったあと、弟の運転で南相馬のいろんなところ連れて行ってもらいました。小名浜から南相馬に向かうとき、知ってはいたけど国道6号線海沿いの国道が走れたらとても気持ちよくて近いのに、結局磐越道で福島まで行かなければならなかった。福島から南相馬までも浪江を通れないから川俣町・飯館村を通って峠超えで行かなくてはならなかった。いわき・福島・弟が住んでいる南相馬の中心部は震災の跡なんて全然感じさせなかったのに、小名浜の海は新しくなってるな・・・とは思ったけど復興が進んでいることは感じられた。だけど道中飯館村に入った途端、道路の雑草は伸び放題、田んぼも荒らしたまま、家は人が棲んでいる気配がなく、大きなコメリや隣のクボタ、お店も閉まったまま。地震の影響は見られず建物もしっかりしているようだけど、放射能の影響で住めない場所。まさにゴーストタウンという感じでした。ただ、ここはまだ通れるので誰も入れないここより荒れたところがあると思うと切ない気持ちになりました。
話を戻して浪江の隣になる小高区に連れて行ってもらった。この小高区は地盤がゆるくて地震の揺れの影響が大きかったところで、原町区との境のしばらく家のないところを走りきると、道路が波打っていたり、マンホールが少し飛び出していたり、学校も工事中(ここは校庭は除染作業していた)壁にひびが入った家、屋根や壁にブルーシートが貼られた家、駅前商店街を走ったら斜めに傾いた商店や食堂。床屋のネオンが回っていたので棲んでいる人もいるんだろうけど、外観は大丈夫そうに見えるけど実は棲めない家もたくさんあり、原町区の隣の鹿島区の仮設住宅に住んでいるそうです。
津波の被害を受けたところにも連れて行ってもらいました。小高駅の裏まで波が来たそうだよと言う話でしたが、一同実感持てず。国道4号線を走りながら、少し低くなったところでここを超えてまだ波が上がったと聞いて、ちゃんと建ってはいるんだけど1階がぐちゃぐちゃだったり逆に柱だけでなんにもない家がたくさんありました。国道から海の方向に向かって走ってみたけど、行けども行けども海は見えず。3kmくらいかな?それほどの距離を波が上がってきたということは本当に信じられないことでした。道中何もない所々に新しい家が建っていて、よく見るとコンクリートの土台だけ残っているところもあって、ここに人が住んでいたというのもイメージできないくらい平らなところが広がっていました。海の近くまで行って車を止めてみたけど、高い防波堤のコンクリートが斜めにずれていて、波の力を感じさせました。足元が悪く防波堤を昇って海を見ることはできませんでしたが、ウチの海では見られないような防波堤を超えてくる波の力を想像しようとしてもできませんでした。

すいません。カメラを向ける気にもならず、写真はありません。

今回の旅でいろんなところを見てきました。
影響を感じさせず、既に日常を取り戻しているところ
復興が進んでいるところ
地震の揺れの影響を受けているところ
津波の影響を受けているところ
仮設住宅
そして放射能の影響を受けているところ

手付かずの被災地を目の当たりにすると、もう2年半も経っているのに本当に戻ってこれるのか?と思ってしまうところもあるけど、被災地の復興を祈らずにはいられません。

弟の住んでいるアパートの前の駅に、上野行きの特急が止まっていました。「俺が来た時から止まってる」と行っていましたが、きっと震災の日から止まったままなのでしょう。あの特急が上野まで行く日が来ることを願っています。

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